働き方改革のバカヤロー

最近働き方改革が話題だ。残業時間を削減し、もっと効率的な働き方をしろというお達しだ。その分の時間、勉強したり外のつながりを作ったり、家族と過ごしたりしなさい。そういうことらしい。

 

その錦の御旗の元、会社はとにかく早く帰れ、でも仕事量は減らさない、という大方針を出している。

 

でもさ、仕事は減ってない。たった3年前までは、やり切るまでやれ!と叫んでた50くらいの上司たちは、突然ちゃんとやれ、ともいわず、自分たちが単にさっさと帰って飲み会に行くようになった。仕事は、若い人に押し付けて。

ひとこと「早く帰れよ」と言い残し、飲み会の幹事を若手に任せて。

 

働き方改革で、変わったのは中間層の人たち自身の働き方。まだ未熟で頑張り切らないと仕事も不満足な若手は、飲み会に連れ回された後にこっそり会社に戻る。

 

結局、働き方改革は、本質論がわかってないバブル世代がやっても意味はない。残業ばかりして来た上司が、いまの働き方がわからないのに、そもそも無理だ。

 

本気で働き方改革やるなら、在宅勤務を認めて通勤時間を減らさないと物理的に時間が足りない。また、成果主義も実践しないと、導入は無理なのだ。

 

日本の大手企業は年功序列で、上意下達の組織だったから、労働時間で長く働いていることが評価の対象になって当たり前なのだ。価値観が変わってないのに、時間と制度だけ変えて、なんの意味があるだろう。

 

働く自由もほしい。

めちゃくちゃ働くタイミングと、休みたいタイミング、人によってフェーズがあるでしょう。

成長期に伸ばせてもらえないんじゃ、いつ伸びればいいのか。なんか矛盾も多いなあ。

 

働き方改革とは、働かせない改革なのか

かつて、7、8年前は22時までの会議を強要した挙句に、そのあと終電間際までの飲み会をほぼ強要したひとが、いま会社がうるさいから、と残業することを非難する。

昔みたいな働き方するな、と。

 

一方で飲み会のセッティングは若いからとこっちにまかせたり、行き方を印刷しろといったり。住所送りましたけど、見てないの?本音をいえば、飲み会にいかなければこんな時間取られずに済んだのだ…。問答無用で幹事を任されるので、休むことも難しい。

 

わたしはこのひとの部下でも、客でもない。

仕事は、この人よりしてると思うけど、給料はずっと低い。 

 

それでも、30代のいま、成長するために仕事はある程度プロ意識をもってやりたい。しかし、早帰りできる上司たちに、早く帰れと連呼されても、仕事を思い切りやりたいケースもある。あなたは、本音でそう思ってんのかな?

 

あげく、遅くまで仕事してたら、それより早く来いという。…あんたより早くきてるよ!!

 

働き方改革って、若い人に早く帰らせる改革じゃなくて、もはやある程度、年功序列のもとで仕事をおしつけられるオッさんへのプレゼントじゃないのかな。

 

しかしこの人との相性、本当にワルイなあ。とほほ。

 

 

 

 

暴力的な気持ちになる

ときどき、思い通りにいかないことが積もり始めると、ひどく暴力的な気持ちになる。

何もかもぶっ壊したくなったり、誰かを思い切り殴りたくなったり、クレームを死ぬほどいいたくなったり

 

こういうのを許さないよね、信じられないよね、なんでかわからないよね

という人もいるけど、わたしはその気持ちを完全否定はしない。たまに、自分がそういう人にぶつかって、ものすごくへこんだり、怒ったりすることあるのに

 

この破壊衝動ってなんなんだろうね。

猟奇殺人とか起きちゃうのってこういう危険な感情から生まれるんだろうか。

私のなかにはジキルとハイドみたいに、めちゃくちゃいい人で、配慮もできる人と

ものすごく攻撃的でめっぽう殴り倒そうとする人が同居している

 

実際に攻撃はしないんだけど、たとえば目の前にいるこ汚いおっさんとか、目の前で消えたらスッキリするだろうなと思う

そうやって何人も頭のなかで殴ったり刺したりした。わたしの中身は結構グロい…

 

20代前半くらいまでリストカットのクセがあったけど、この衝動は昔もっと激しかったということなんだろう

 

なんでこんな精神不健康な人間になっちゃったかな?あのころガリガリで、10代で、どこかおかしい人だったころなら、格好もつくのに

 

メンヘラだった30代の行き場ってどこなんだろうね?

 

モヤモヤが続くの

10年働いてきて、何もかも無駄だったのかと思う瞬間に陥ってしまった。就社だったから、だと思う。

 

昨日は、おじさんだらけの飲み会で、場所をセッティングするようにいわれ、上司でもない人に「今日の会場の場所、プリントしとけ」といわれて、違和感があった。そもそもそんな疑問符の浮かぶ会合に参加して、

 

働き方に関することをずっと追いかける仕事をしてきて、わたしが昨日職場のほとんど話したことのなかったボスにいわれたのは、

 

・カネをとにかく稼げ

・今年入ってきた新人が退職金がもらえるようなしくみを作らなければ

・働き方改革という名のもと、社員はかじりついて働かず質が低下している(長時間働けとはいわないが、俺の頃はもっと280時間は当たり前だったんだ)

・お前はまだ、経営のことに口を出すな(わたしは10年目で、その場にいたのは45以上の男性ばかり)

 

整理したら、わたしはこの会社で息をひそめるように、与えられたミッションに納得できないまま、上司たちを尊敬できないまま、働くほうがいいのだろうか。

 

おひとりさまぜいたく

アポイントが赤坂だったので、お昼ご飯どうしようかな

と思ってたら、なんかふっとぜいたくしたくなって、インターコンチネンタルの36階のランチにきてしまった。

 

値段も見ずにきたんだけど、高級ホテルの空気にひたりたいな、とたまに思う瞬間があって、本音はバーに行きたかったんだけど昼間からそんなとこないかなー

と思ってたら。。

スパークリングワインあった!

 

量が食べたかったんじゃなくて、ひとりでなんか幸せになりたかったんだよね。こういうぜいたくを夫から受けたい、とは思わないんだな、たぶん。。

 

でも、年取ってお金なくなったら、どうなるんだろ、わたし…

 

 

 

 

大学の学費を無償化という記事を見て…

http://jidouteate.com/daigaku/

まだちゃんと調べてないが、今、会社員になってから◯百万を払って、

時間もかなりしんどいなかで大学院にいっている。

 

学生時代、私はそこそこ勉強していたほうで、成績は悪くなかった。

でも、親がかりのカネで、そのカネに対する執着がなかった(ふつーのサラリーマン家庭で、地方から東京に出てきた私が通ってるときは家計は苦しかったと思う)。
私の通っていた大学には夜間があり、通っていたなかには自分でバイトしながら学費を奨学金、生活費をバイトしている友人もいた。

彼らの本気は凄まじかった。教師に対する熱意もだ。

その上で、思う。

学費が無料になるのは、いいことなのか?

 

今の日本は、大学のレベルが下がっているという。

そりゃそうだと思う。自分の学生時代、みんなそんなに勉強しなかったし、何より教員だって授業に熱心じゃなかった。寝てる人がいても気にならない。

なぜなら、大教室で、たぶん◯◯大学教授、という名刺を持ってるんだろうけど、

TAが出席表を配り、チェックするだけ。先生は、生徒がクラスにきてるかどうかさえ把握できなかったのだ。今の大学は変わってるのかもしれないけど。

 

自分が自腹きって、会社の補助もなく学校に行き始めて、精神的にずいぶん変わった。

そもそも、授業を休むなんて無理だ。だってカネ払ってるんだもん。

先生がつまんなかったら、そのクラスは少しずつ減っていく。同じテーマの振替授業に切り替えるからだ。

クラスメイトで宿題やってないのは罪悪だ。なぜなら、参加していたら居心地悪くて仕方ないから。

 

勉強会もしょっちゅうやる。わかんなかったら、わかりたいから。

 

そういういくつかの総合点から、私は無償になってもいいけど、大学生に「この重たさ」を理解させなければきっと「大学のレベル向上」は無理だろうなと思う。

税金の重たさなんて絶対にわからない。東京大学に通う家の子どもが、日本の世帯のなかで最も収入の高い家庭の子ども、という統計が20年前くらいにあったような気がするけど、そんな状況下で、学費を無料にして、学生のレベルは向上するのかな。

 

国立大を卒業したオヤジは、同じく国立を卒業したわたしの妹の学費を見て激怒してた。「なんだこの値上がり!」と。父は月1,000円の時代に大学にいってた。

妹の年間学費は50万。そりゃ高い。私学にいってた私の学費は100万。

 

もうひとつある。

私は、国を動かしている人、世の中を良くしたいと動いている人の多くが、
かなりもともといい家の出身であることが非常に多い
(私の知りうる、あくまで狭い範囲の話)。
裕福な家庭で、文化資本もふんだんに与えられ、彼らが「貧乏を変えたい」という。

そのなかで、日本の多くを占める中流家庭と呼ばれるそこそこの、もっとも税金をとられている、生かさず殺さずされている、朝の通勤電車に乗ってるお父さんやOLを見るとたまらなくなるのだ。

彼らが多くの日本人で、そこそこを維持するために奴隷と化している。
このひとたちはどこへ向かうんだろう。もっとも国から税金を奪われたまま。
よくそんな悲しいことを考える。このこと、もうちょっと考えよう。

 

休むことに対する罪悪感

会社を10年も勤めてたら、1日2日休むこととかは別になんの罪悪感もなくなった。

じゃあ、一週間は?一カ月は?それとも、週にニ度、三度は…?

 

 女性がこれを認められるのは、「子ども」というキーワードだ。熱を出した、PTAがある、などなど。わたしは結婚してるが、子どもはいない。子どものいる大変さがわからない、という大前提はいやというほどわかっている。

 

しかし、わたしはこの10年ぶっ通しで働いてきた。土日の勤務もあてられることがある。

もしくは、若いほうだという理由で飲み会のセッティングも頼まれる。お子さんがいたら?

 

…免罪符だ。わたしが好きで学校にいってて忙しいのは、個人の事情。でも子どもを作るのは?…個人の事情ではない。国家プロジェクトなのか?そうかもしれない。

 

その人は、子どもがいることで二年キャリアのなかで休み、復帰してからも週に一度はかならず子どもの事情で休む。その上で、10年たったときにもらえる昇給や、休暇もえる。

 

これって、なんだか違和感がないか?

 

働きやすい環境、というのは平等であること。事情は誰にでもあり、それを勘案しながら働くのは大切なことだ。ただし、それは実績主義の場合なら、というただしがきがつくと思う。

 

でも、日本の年功序列システムのまま、年数イコール昇給昇格の場合、休んだ時期もカウントされるシステムなら不平等で、休みの免罪符になるしかなくなる。

 

実際、わたしは子どもができたら堂々と断れるのに、と死にそうに忙しいとき、へばっているとき、頭をよぎってしまう。

 

休むことが悪なのではない。ただ、不平等をなくすシステムとは何か、ということだと思う。外貨がどうだ、というのは働いたことないからわからない。一般論はまったく思いこみも多い。転職したら見えるものもあるのかな。。