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大学の学費を無償化という記事を見て…

http://jidouteate.com/daigaku/

まだちゃんと調べてないが、今、会社員になってから◯百万を払って、

時間もかなりしんどいなかで大学院にいっている。

 

学生時代、私はそこそこ勉強していたほうで、成績は悪くなかった。

でも、親がかりのカネで、そのカネに対する執着がなかった(ふつーのサラリーマン家庭で、地方から東京に出てきた私が通ってるときは家計は苦しかったと思う)。
私の通っていた大学には夜間があり、通っていたなかには自分でバイトしながら学費を奨学金、生活費をバイトしている友人もいた。

彼らの本気は凄まじかった。教師に対する熱意もだ。

その上で、思う。

学費が無料になるのは、いいことなのか?

 

今の日本は、大学のレベルが下がっているという。

そりゃそうだと思う。自分の学生時代、みんなそんなに勉強しなかったし、何より教員だって授業に熱心じゃなかった。寝てる人がいても気にならない。

なぜなら、大教室で、たぶん◯◯大学教授、という名刺を持ってるんだろうけど、

TAが出席表を配り、チェックするだけ。先生は、生徒がクラスにきてるかどうかさえ把握できなかったのだ。今の大学は変わってるのかもしれないけど。

 

自分が自腹きって、会社の補助もなく学校に行き始めて、精神的にずいぶん変わった。

そもそも、授業を休むなんて無理だ。だってカネ払ってるんだもん。

先生がつまんなかったら、そのクラスは少しずつ減っていく。同じテーマの振替授業に切り替えるからだ。

クラスメイトで宿題やってないのは罪悪だ。なぜなら、参加していたら居心地悪くて仕方ないから。

 

勉強会もしょっちゅうやる。わかんなかったら、わかりたいから。

 

そういういくつかの総合点から、私は無償になってもいいけど、大学生に「この重たさ」を理解させなければきっと「大学のレベル向上」は無理だろうなと思う。

税金の重たさなんて絶対にわからない。東京大学に通う家の子どもが、日本の世帯のなかで最も収入の高い家庭の子ども、という統計が20年前くらいにあったような気がするけど、そんな状況下で、学費を無料にして、学生のレベルは向上するのかな。

 

国立大を卒業したオヤジは、同じく国立を卒業したわたしの妹の学費を見て激怒してた。「なんだこの値上がり!」と。父は月1,000円の時代に大学にいってた。

妹の年間学費は50万。そりゃ高い。私学にいってた私の学費は100万。

 

もうひとつある。

私は、国を動かしている人、世の中を良くしたいと動いている人の多くが、
かなりもともといい家の出身であることが非常に多い
(私の知りうる、あくまで狭い範囲の話)。
裕福な家庭で、文化資本もふんだんに与えられ、彼らが「貧乏を変えたい」という。

そのなかで、日本の多くを占める中流家庭と呼ばれるそこそこの、もっとも税金をとられている、生かさず殺さずされている、朝の通勤電車に乗ってるお父さんやOLを見るとたまらなくなるのだ。

彼らが多くの日本人で、そこそこを維持するために奴隷と化している。
このひとたちはどこへ向かうんだろう。もっとも国から税金を奪われたまま。
よくそんな悲しいことを考える。このこと、もうちょっと考えよう。

 

休むことに対する罪悪感

会社を10年も勤めてたら、1日2日休むこととかは別になんの罪悪感もなくなった。

じゃあ、一週間は?一カ月は?それとも、週にニ度、三度は…?

 

 女性がこれを認められるのは、「子ども」というキーワードだ。熱を出した、PTAがある、などなど。わたしは結婚してるが、子どもはいない。子どものいる大変さがわからない、という大前提はいやというほどわかっている。

 

しかし、わたしはこの10年ぶっ通しで働いてきた。土日の勤務もあてられることがある。

もしくは、若いほうだという理由で飲み会のセッティングも頼まれる。お子さんがいたら?

 

…免罪符だ。わたしが好きで学校にいってて忙しいのは、個人の事情。でも子どもを作るのは?…個人の事情ではない。国家プロジェクトなのか?そうかもしれない。

 

その人は、子どもがいることで二年キャリアのなかで休み、復帰してからも週に一度はかならず子どもの事情で休む。その上で、10年たったときにもらえる昇給や、休暇もえる。

 

これって、なんだか違和感がないか?

 

働きやすい環境、というのは平等であること。事情は誰にでもあり、それを勘案しながら働くのは大切なことだ。ただし、それは実績主義の場合なら、というただしがきがつくと思う。

 

でも、日本の年功序列システムのまま、年数イコール昇給昇格の場合、休んだ時期もカウントされるシステムなら不平等で、休みの免罪符になるしかなくなる。

 

実際、わたしは子どもができたら堂々と断れるのに、と死にそうに忙しいとき、へばっているとき、頭をよぎってしまう。

 

休むことが悪なのではない。ただ、不平等をなくすシステムとは何か、ということだと思う。外貨がどうだ、というのは働いたことないからわからない。一般論はまったく思いこみも多い。転職したら見えるものもあるのかな。。

 

 

知り合いが増えるたびにほんの少しの

ひとが苦手なのかな。

顔が広くて、わりと社交的だといわれるけど

エネルギーの充電はだんなと二人でのんびりしてるとき、おうちで本読んでるとき。

きれいでいい匂いのするものに囲まれてぼーっとしたい。

 

会社の人たちにどんなふうに見られてるか

気にならないわけじゃないんだよ。

私もまっすぐ、疑わずに生きてたかったけど、そんな環境には恵まれなかった。王道の生き方ができないなかで、見えるものもたくさんあった。だから、自分が生きたいように生きるしかない。

 

今日は、競合の会社の先輩との話が一番ためになった。〇〇さん知ってるよ、とあまりいわない方がいいよ、という言葉。

わたしは、無意識のうちに話してるだろう、思い当たることがたくさんありすぎた。ほんと、情けない。

負け惜しみじゃないんだけど、素直に思うこと

わたしと夫の収入格差は、たぶんすさまじい。

フリーランスで生きる夫と、大手企業の総合職で10年を超えるわたし。夫は、いまのところやりたいことがあるけど、それで実りある爆発的な社会的評価、つまり報酬はない。

 

職場のおじさんたちは、お前が食わせてるんだろ、とか、MBAをとりはじめたわたしを意識高い系の嫁を支える専業主夫とか、いろんなこという。そして、夫は、いちどだけ穀潰しのダンナをもってるとお前が非難されたりしない?

ときいた。

 

でも、わたしはそんなこと心から思ってないのだ。夫がもし高給取りだったら、かいしゃやめちゃえるなー、とか思うことはもちろんある。特にしんどいとき…。

 

でも、10年以上夫と学生時代から過ごしてきて、こんなに一緒にいたいなと思う相手、いなかった。

 

わたしは幸い同年代の女性より経済力のあるほうだったから、お金で困ってたら助けてあげられるね、と素直に思う。それ以上に心を満たしてもらっている。わたしはめちゃくちゃ自由にさせてもらっているし、夫もそうだといいな。

 

飲み会の場で配偶者の悪口いったり、稼がない夫がどーのこーのとか、いろいろSNSとかでつぶやいたりする人がいて。

 

だったらあなたはどうしたいの、と思った。夫の付属品でいいのか?

 

わたしはいまでも朝起きたとき、夜寝る前、夫と考えてることを話す時間がとても大事。そういうひとに、生きてる間にあえるなんて、本当にありがたいこと。でももちろん、ほんのちょっぴり、休みたいときは、お願いしますというだろうな。

 

あなたはあなた

わたしは変りものなのかもしれない。

疎外感として嫌われている、という受け止め方だったティーンエイジャーのときも

どこかザラッとした違いを感じながら過ごしてた大学時代も

おまえはどこにいってもおまえなんだよ、組織に染まらない    と新卒からいままで10年以上過ごした会社の同僚のことばも

 

結局は、わたしはどこにいっても浮いている、ということば以外の何物でもない。

わたしは、誰かといてもそこがムラ社会を形成しようとしてることを敏感に察知すると、少しずつ小さなうんざりが芽生えて

ちょっとずつ距離を取ろうとし始める。

 

それは、わたしが内向的だからなんだろうな。

 

ムラにどっぷり染まることのできない生きづらさはわたしを生涯形作る気がする。

それでもわたしはわたしだから、このまま、自分が心地よいように生きるしかないんだけどね。

たぶん、わたしのこれまでのさまざまな人見知りは、ここからきてたんだろうなあ。

今日は一人になりたい日。

ネット上で話題になった、内向的と内気の違い。わたしは人がいっぱいいるところは本当に疲れる。

 

こういうときは、できるかぎり、その場所からは逃げようと思う。お気に入りのカフェに脱走してね。

メイクの魔法

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女性も、男性も自分のみためが気に入らないと、自己嫌悪になるのではないだろうか。

仕事が忙しくなると、運動ができなくなる。疲れのあまりに睡眠時間を優先したり、時間をお金で買う、つまりタクシーに乗る。

 

そんなことしてると、心と身体がジリジリとやられてくる。

 

ふだん、まともに化粧をしないのだけど、太った自分も嫌いだし、スーツもおかげでまともにきれないし、といやいやづくめだった。

そこで、化粧品を買ってみた。

 

いろいろ買い込んだが、一番のチャレンジはCHANELの口紅である。しかも、赤!

これまでカラーはディオールにしてた。理由はない。

 

普段から三白眼にコンプレックスがあったから、カラコンの縁周りのあるものは入れていた。そこに、エクステンションつけて、せいぜいファンデーションくらい。

 

すべてが時間短縮のためだった。

でも、やっぱりメークするとちょっとテンションあがる。高級化粧品のもつ不思議な魔法があるのだ。

 

チークと口紅とアイシャドー、しめて12000円。百均で買える時代だ。何やってんだ、というところもあるけど、わたしは効能よりもまだまだブランドを買っている未熟者。でもいいのだ、次はスーツを買う。

細身のスーツが身体を細く見せて、また細くする法則を知ってるから。