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きみはいい子

母親は二十歳を過ぎ、東京に出てきてからわたしに話すようになった。自分がよい母親じゃなかったと。

「ごめんね。あなたが小さかったころ、お母さんはきついことばかりした、本当に申し訳なかった」

 

誰でもちょっとずつその痛みはあるんじゃないだろうか。わたしは優等生だった。小学生のときの小さなテストなら本当に満点を取っていたが、たまに70点とかとってしまう。

そうすると、そのテストを机の奥深くにかくした。テストには番号がふられていて、その次のテストが先に帰ってくることはあまりない。

「今回は、先生が順番変えたんだって」

そういってかくし続けた。机の奥には、くしゃくしゃのテストがずっとうもれている。

 

机を片付けた母親が、ある日とうとう発見して

テーブルの上に3つ、並べて黙ってわたしを待ち受けていた。

 

無言に耐えられず、ごめんなさい、ごめんなさい。ひたすら謝りはじめたわたしに、母親はゆっくり口を開きはじめて詰問する。

 

なぜ怒ってるかわかるの、と。

一度吹き出た母親の怒りはヒステリックになってゆく。小さな嘘をついてしまうこと。人の顔色をうかがってしまうこと。そのすべてに噴出したマグマみたいに怒ってた。

ひたすら謝るわたしに母親は、ますます怒った。とりあえず謝らないで、何が悪いかわかってるの、と。

 

謝ることも許されない。

逃げることもできない。

こどもの性格を決めるのは、たぶんこの状況だと思う。

 

いまも小さなわたしのなかにいるこどもは、時々顔をのぞかせては周りに怒られるんじゃないかと不安そうな顔を見せる。

そして顔色をうかがう自分を嫌う、そんな自分。